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□那須町医師会沿革 |
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当医師会は、社団法人那須郡市医師会黒磯・那須地区医師会会員で、在町医療機関の町医で構成されています.その発足は昭和22年です.令和7年4月現在、会員所属は6医療機関で会員数は8
名です. 会員の医療機関の沿革は下表となります -------------------------------------------------------------------------- 現在の会員を歴史的にみますと、現在の会員のルーツは、
・昭和18年・見川医院開設(現在ニ代目)
・昭和20年・田崎医院(現在四代目)
・昭和22年・河島医院(現在ニ代目現在閉院)、 ・昭和35年・芦野診療所(現在閉院)、
・昭和36年・塚原医院(現「あしのメディカルクリニック」)
・昭和38年・那須高原病院
・昭和46年・立花医院(現在ニ代目)
・昭和46年・三森眼科医院(現在閉院)
・昭和54年・塩田医院(現在ニ代目) ・昭和55年・柄沢医院(現在閉院)
と順次開設がなされました
令和7年4月現在、芦野診療所、三森眼科医院、柄澤医院、河島医院が閉院となっております。
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各医療機関は、其々の診療に従事する傍ら、予防接種・健康診断に町医、又校医・園医としての其々の役割を担っております.しかしながら、我々も後継者不足に悩んでおります。
ここ数年で医療機関の閉院がございました。10年後には医療機関が半減するのではと考えております。故に、那須町在住の方のお子様には、是非とも「医師の道」を目指して頂きたいと切に思っております.医師の道は、時代なりの勉強が必要ですが遠くはありません.是非お考え下さい. |
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□日本医師会沿革 |
医師会の成り立ちは下記の表のようになります.先ず明治9年、栃木町に栃木県開業医会が結成され、明治26年に各郡に開業医会が結成されました(M26.3.13の県令による).明治41年、栃木県医師会が認可されています(勅令による).日本医師会の前身、法定日本医師会が大正12年に設立され統一組織となりました.昭和20年8月15日の敗戦を受けて、昭和22年に各医師会の新生がなされました.この時の再編により、日医を頂点とするピラミッド体制が成立しているのですが、歴史的には県及び郡の組織が基本と成っているのです.⇒詳細へ
年 |
本医師会 |
栃木県医師会 |
那須郡市医師会 |
黒磯・那須地区医師会 |
M16 |
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開業医会発足 |
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M26 |
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開業医会発足 |
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M41 |
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栃木県医師会及び9郡市医師会の法制化 |
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T12 |
法定日本医師会 (社団法人) |
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S22 |
新生日本医師会
(社団法人:全国) |
新生栃木県医師会
(9郡市医師会支部)
(いずれも社団法人) |
那須郡市医師会の一支部(親睦団体) |
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□栃木県那須郡那須町 |
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栃木県の最北端に位置し、北と東は福島県に、西は那須塩原市、南は那須塩原市と黒羽町に隣接しております.那須町の北西に那須連山を望み、南東に八溝山系がそびえております.それらの山系の中央に東北本線、国道4号、東北自動車道路が南西から北東に走っており、交通の主幹をなしています.
この地は日光国立公園の一角でありまして、古より那須火山帯の那須温泉郷として有名で、農業、酪農業等と観光の町となっています.面積は372.31k㎡と広大です.
R7年1月1日現在の人口は、23,697人となっております.
・65歳以上人口が10,249人、
・老齢化率43.25%.
・要介護認定率は16.28%.
・障害者認定延べ数はR6/4/1現在,1,740人
社会保障的には大変厳しい状況にあります.又、H23年3月11日に起きた東日本大震災により発生した、福島第一原子力発電所事故による放射能汚染は町政に大きな影を落とし、とりわけ放射能汚染の除染対策が急がれておりました。除染作業は終了、放射能に対する健診体制が整いました.
進捗状況はこちらから⇒那須町HPへ |
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